韓国のあるフリースクールを訪れた。
http://www.sungmisan.net/index.asp
ここでは、学校は「村」の生協や病院、カフェや食堂、さらには劇場や地域FM局の活動ももっていると聞いていたので、我々は地域全体を包括する解放区のような共同体を想像していた。おまけに、この地域にソウル市が排水施設を作るのに反対して撤回させたという地域闘争で有名な地域だと聞いていたので、一定の行政的な区域にあるコンミューンだと想定していた。たとえば日本で言えば山岸会とかの農村共同体、その中にある学校。そういうのが都会の真ん中に出現しているのではないかと。
これは大いなる誤解であった。「村」というのは道を作ったり公民館をつくったりという行政的な地域を指しているのではなかった。人々のつながり、ネットワークにつけられた名称なのだった。学校の周りはかなりな住宅街である。そこにこの運動に参与し、子どもを学校に通わせたり、この運動からうまれた食堂を運営していたりする人々のつながりが街の中に混在している。それを「村」といっている。
地域と共同体は別の概念であるけれども、我々は、しばしばこれを一致させて思考する。ところが、「場所感覚」の希薄な韓国では、地域という概念と共同性は密着してはいないのだ。別の言い方をすれば、人々のつながりが場所を構成しているのであって、場所に規定されて共同性が成立しているのではないのだ。場所はいってみれば、従属変数なのだ。
ひるがえって、日本の部落解放運動について考えてみれば、地域はここからここまでといった場所概念と密着して思考されてきただろう。そうすると必然的に、その場所に住んでいる人々は「部落民」であり、解放運動に参加すべき人たちだ、という風に思考されてしまうだろう。地域と解放を目指す共同性は不可分という思考になる。ところが現実は、解放の志をもった人々のネットワークが解放運動だったのだ。ところが、「部落」をどこからどこまでの場所と考えて、地域改善運動に限定する行政的思考にまきこまれて、運動自体も、人を地域に縛りつける伝統的思考様式から自由になれなかったのではないのか。
近代の不可避の脱領土化の射程を我々は見失ってはならない。人々をバラバラにする近代は我々から共同の「場所」を取り上げていくけれども、場所とは必ずしも重ならない人々の結びつきは「脱領土化」の地殻変動にもかかわらずその表層を支配しうるのだ。
共同性を「場所性」と密接に関連づけない韓国の風土は、「地域」と共同性を同時にしか思考できない日本の風土よりも、近代を通ってそれを超えていく可能性の方向を示しているような気がしている。